【第29回】ママのSAPIX奮闘記-2022年2月へのビクトリーロード『先生と父親』

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先生~渋谷教育学園の先生とは~

前回の『渋谷教育学園はなぜ共学トップになれたのか』ですが、後半のお話はまだまだ続いています。
その中でこれからの教師像にも触れられていましたが、私が一番興味を持ったのが渋幕、渋渋の教員採用基準についてです。
教師経験ではなく、様々な職業経験を重視されたそうです。
最近は教師のパワハラ等もニュースになりますが、学校で働くということは特殊な世界だと感じています。
相手は未成年で未成年よりはどんな大人でも力があるかのような状況を作り出せてしまう立場です。
親同様に未成年が密に付き合う成年なので影響力がある立場にも関わらず大学卒業して初めての社会が子どもを教えるというのは・・・
何かで見ましたが、漠然とした問いではありますが「自分は大人だと思うか」に対して“思わない”が他国に比べて日本は多かったのです。
“大人だと思う”と回答した率が他国の半分程度でした。
成人式は迎えたけど大人ではないと考えている成人が教師として子供たちに接しているのかと考えると不安ですよね。
ですから渋谷教育学園の教員採用の話には、期待するものがあります。

Bitly

父親という存在

次に父親へのメッセージの章があります。
母親は子供に入れあげすぎるので第三者的な視点で父親が家庭に関わり子育てに関わっていくようにというものです。
この第三者視点は、母親だとできそうにありません。
子どもの将来を心配するあまり、過剰な要求を突きつけかねないと自分でもわかっているのです。
過剰な期待を越えられるほどの才能の有無に関わらず押し付けてしまっていたりして。
所詮自分の子だという意識が薄れ、自分の才能のレベルを大きく超えたものを子どもには要求していたりします。
自分には達成できなかった何かだったりするかもしれませんね。
未来を考えると多くのポケットを持たせたく力が入りすぎるのです。
この第三者的な視点というのは実感します。

Daniela DimitrovaによるPixabayからの画像

我が家の第三者視点を持つ人は、一時期私が家庭学習に、SAPIXの保護者会で聞いた話に沿うべく子供にあれこれ要求していたら、「煽られるな」と言っていました。
塾はあくまでも営利事業なのだから高度な要求を伝えてくるのは当たり前、だけど疲弊しながら”がり勉”した結果として最難関校の合格を勝ち取ったとしてその先にその中でついていけなくて劣等感に苛まれては本末転倒だと。
本当に勉強の意義に目覚める子供ならば”がり勉”しなくとも自分で考えて自分にとって最高な進むべき道を見出して進んでいくのだからと。
親が道を敷くべきではないと。

という話をけっこうな月日をかけて今年は話し合いました。

最終的には娘が選択するので・・・

ということで
娘に期待して、今のところは基礎力だけ気にしています。(笑)

文化祭参加でちょっと中学校がちょっと現実的に

今年の文化祭参加は我が家にとっては収穫多きものとなりました。
SAPIXは塾代が高いです。勉強しないのなら止めてもいいと思ったので、娘に決めていいよと選択権を与えました。
娘が「受験はする」と、自分で決めました。
いつ本気になってくれるかはまだまだ先のこととなりそうですが文化祭で少しだけ中学校が現実的になったと思います。

文化祭に行ったことで、偏差値だけで決めてはいけないとも考えたし、受験するばかりが将来を確かなものにするわけでもないという考えにもなれました。

子育ては、育てる側も試されていると日々感じます。
学び多き日々に感謝。
子どもがいるからこそ見ることができた世界にも感謝です。


いつだったかの『さぴあ』に『父親の科学』(著者:ポール・レイバ―ン)が紹介されていました。
Bitly

にわかに父親の存在意義が注目されてきているのでしょうか。
読み始めて止まっています。読まなくては!

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