【第8回】衝撃の書「ホモデウスを読む」 – 「恐怖」と隣り合わせの人生

ところが二〇世紀後半に、このジャングルの法則は、無効になりはしなかったにせよ、ついに打破された。ほとんどの地域では、戦争はかつてないほど稀になった。古代の農耕社会では死因のおよそ一五パーセントが人間の暴力だったのに対して、二〇世紀には、暴力は死因の五パーセントを占めるだけだった。そして二一世紀初頭の今、全世界の死亡率のうち、暴力に起因する割合はおよそ一パーセントにすぎない(22)。二〇一二年には世界中で約五六〇〇万人が亡くなったが、そのうち、人間の暴力が原因の死者は六二万人だった(戦争の死者が一二万人、犯罪の犠牲者が五〇万人)。一方、自殺者は八〇万人、糖尿病で亡くなった人は一五〇万を数えた(23)。今や砂糖のほうが火薬よりも危険というわけだ。

ユヴァル・ノア・ハラリ. ホモ・デウス 上 テクノロジーとサピエンスの未来 ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来 (Kindle の位置No.314-321). 河出書房新社. Kindle 版.
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15%が暴力で死ぬ社会がどんな社会であるかの現実は、我々には想像がつきにくいですね。例えば、40人のクラスで6人が殺される社会?マンションのワンフロア40世帯で6世帯が何らか暴力で殺られてしまう?どうも、ピンとこないですよね。

そんなときに想像力の助けになるのは、本連載の読者の方にはおなじみかもしれませんが外国の映画ドラマです。例えばメキシコの麻薬カルテルもの。巨額の制作費でオリジナル大作が大ヒット連発のネットフリックスから「ヤンキー」などどうでしょうか。メキシコの麻薬カルテルを、アメリカ側国境の街に住むアメリカ人(ヤンキー)の関わりを通して描く作品です。アメリカ人も当たり前にスペイン語で会話している姿に驚きますが、米国でスペイン語を母国語とする人口は約4100万人、バイリンガル人口は約1160万人ですでにスペイン語人口で世界第2位というのですから、なるほどなのです。アメリカのテレビドラマの例に漏れず、考証もしっかりしており、実話の要素(例えば麻薬をドローンで国境越えさせるとか)が、ちりばめられていて、下手なノンフィクションを読むよりよっぽどリアリティがありますね。

<ヤンキー ネットフリックス公式より>
さてこのメキシコの麻薬カルテル、本当に平気で人を殺すのです。しかも、有無を言わさず、あっさり乱射してハイ終わりです。よく映画である、銃を向けてカッコ良いセリフをしゃべっている間に、相手の仲間がきて形勢逆転されるなんて楽しいことは一切起きません。アジトにいた10数人が数秒で皆殺しになってしまう。そのあと見せしめに死体の山を道端に捨てておくとか動画でアップするというのも麻薬カルテルスタイルです。何せ、警察や検察、裁判所もお金をつかまされて見てみぬふりなわけですからやりたい放題です。
そんな世界を見ていると、いちいちビビッていてもまったくやっていられないようで、あっけらかんと殺し殺されていくように見えますが、やはり根底には常に「恐怖」が隣にいるわけです。マズローの欲求5段階説によれば、人間の欲求は「生理的欲求」「安全欲求」「社会的欲求」「承認欲求」「自己実現欲求」へと、段階をおって高次元化されるとされますが、まさに15%の確立で何らかの暴力で死ぬ可能性がある人生では、「安全欲求」を充足させることまでで人生精一杯にならざるをえないでしょう。実際に考古学の対象となる人骨が発見されると、かなりの確率で何らかの外傷のあとがあるわけですから、たまりません。

現代の日本社会は、同じ現代の先進国と比べても抜群に治安が良く、我々にとって「恐怖」というのが一番日常生活から縁遠い感情ではないでしょうか?そのぶん我々は「恐怖」にまったく不慣れですし、「恐怖」の気配さえ忌み嫌います。先ほどの外国映画でおなじみの、残酷極まる暴力シーンも苦手な人は苦手なはずです。明らかに我々は人類700万年史上で「恐怖」を感じずに毎晩眠りにつき、生涯を送れるという、最高のラッキーも手にしているのです。さて問題は、なぜ我々はこんな例外的な幸運に恵まれたのか、そしてそれは将来や次の世代にも当然に引き継がれることなのか?といった疑問を検討することが、「ホモデウス」のテーマのひとつです。

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