鴨川が赤く染まり思い出す「行く河の流れは絶えずして」の死生観

緊急事態宣言というやたらとおどろおどろしい時勢もあり、やはり何らかの凶兆かと感じてしまうのも人情です。
確か、豊臣秀吉の甥、豊臣秀次が謀反の疑いで一族もろとも処刑されたとき鴨川が赤く染まったと言われていたはず。
【関西歴史事件簿】三条河原の公開処刑(上) 鴨川真っ赤に、「秀吉」残虐公開処刑の全貌…秀次「生首」前で一族39人惨殺、幼児・姫君も容赦なく
豊臣秀吉が命じた朝鮮出兵も休戦が成立し、世の中が落ち着きを取り戻してきた文禄4(1595)年8月2日、京都で牛車の列を涙ながらに見送る大勢の人の姿があった。秀吉…

まあ冷静に考えれば、藻か工場からの漏水かまたその両方なんでしょうが。

鴨川という言葉を聞くと、私はいつも鴨長明「方丈記」の冒頭を思い出してしまいます。

行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。玉しきの都の中にむねをならべいらかをあらそへる、たかきいやしき人のすまひは、代々を經て盡きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。或はこぞ破れ(やけイ)てことしは造り、あるは大家ほろびて小家となる。住む人もこれにおなじ。所もかはらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。あしたに死し、ゆふべに生るゝならひ、たゞ水の泡にぞ似たりける。知らず、生れ死ぬる人、いづかたより來りて、いづかたへか去る。又知らず、かりのやどり、誰が爲に心を惱まし、何によりてか目をよろこばしむる。そのあるじとすみかと、無常をあらそひ去るさま、いはゞ朝顏の露にことならず。或は露おちて花のこれり。のこるといへども朝日に枯れぬ。或は花はしぼみて、露なほ消えず。消えずといへども、ゆふべを待つことなし。
鴨長明 方丈記

「方丈記」の無常観と、四畳半程度の生活空間に満足を模索する精神性は今でも新鮮と感じます。

LoggaWigglerによるPixabayからの画像

今回の新型コロナ流行に起因しての社会的パニックを見ていて感じるのは、
とは言え「死生観」と正面から向き合ってこなかった現代人が、「死」の気配に直面してひたすらにオロオロしてしまう姿なのかもしれません。

この辺は、核家族化や病院や葬儀産業が高度にシステマチックに進化してしまったことで、あまり身近に「死」を体感することがなくなった現代人ならではの特性だと養老孟司先生などはいつも指摘されています。
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どんな災厄からも教訓を得て進化してきた人類です。「方丈記」も災害文学と言われるほど困難な状況に書かれたようです。
なんとか、乗り越えていきたいものだと思います。

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