【第20回】衝撃の書「ホモデウスを読む」 – ヘンリー王子・メーガン妃も悩んだ。ABテストができない人生の特性

「人生結局帳尻が合うようにできている」とか「人生結局行って来い」「誰の人生にも結局良いこと悪いこと同じぐらいやってくる」「ハッピーとアンハッピーの量は同じ」という考えを聞くことがよくあります。人生は数学ではありませんからそのテーゼを科学的に証明することは不可能であるとは思いますが、なんとなく自分の体感としては納得する感じもあります。こういうことを考える場合に他人から見たときの幸不幸はあまり関係がきっとありません。所詮上を見ればキリがなく下を見てもキリがないのが人間の境遇です。あくまで自分比「幸福な状態」なのか「不幸せな状態」のなのかが肝心に違いありません。

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プリンス、プリンセスでさえ人生の選択に悩むのが人生

最近でも英国のヘンリー王子とメーガン妃が英国王室を離脱して高位王族の地位を辞することが報道されましたが、メーガン妃のお父さんが「女の子誰もが憧れるプリンセスを辞めるなんて理解できない」という発言をしていましたが、メーガン妃からも嫌われている?お父さん。さすがにちょっと底の浅い発言に感じます。誰からも敬われ生活の心配もない王族や皇族が何の悩みもないかと言えばそんなことはまったくないことは日本の皇室を見ていても分かります。特に英国王室の苦悩の機微は下記ドラマに本当に良く描かれていますので、ぜひご覧になってみてください。
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突然のヘンリー王子とメーガン妃の英国王室からの離脱表明が世界に衝撃を与えています。 日本の皇室では眞子様と小室圭さんとの結婚に賛否が沸き上がりましたが、例えて言えば眞子様のお相手が有色の外国人でしかも結婚したかと思ったら皇室を離脱し海...
生物学的なレベルでは、私たちの期待と幸福の両方が、経済的状況や社会的状況や政治的状況ではなく、生物学的作用によって決まる。
(中略)
これはすべて進化のせいだ。私たちの生化学系は、無数の世代を経ながら、幸福ではなく生存と繁殖の機会を増やすように適応してきた。生化学系生存と繁殖を促す行動には快感で報いる。だがその快感は、束の間しか続かない。いわば、次から次へと買わせるための販売戦略のようなものにすぎない。私たちは空腹という不快感を避け、快い味や至福のオーガニズムを楽しむために、食べ物と生殖行為の相手を得ようと奮闘する。ところが、快い味や至福のオーガニズムは長続きせず、再び感じたければ、さらに食べ物や相手を探しに出なくてはならない。
(Kindle の位置No.756-765). 河出書房新社. Kindle 版.
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現代の科学は脳のメカニズムさえ明らかにしつつあります。現在では脳内ホルモンと呼ばれる快感物質の存在、分泌が人間の行動に驚くほど大きな影響を与えていることが判明しています。恋愛というような神秘的な体験でさえ、脳内物質の分泌に影響されているに違いないのです。
脳内物質の分泌が人間の大好きな多幸感や逆に不快感を定義しているとする科学は、冒頭に書いた「人生結局帳尻が合うようにできている」というテーゼと相性が良さそうです。つまり、どんな境遇の人間にも脳内物質は出たり出なかったりして快感物質出っ放しという状態はありません。英国王室のメンバーに毎日供される、吟味され尽くした世界最高のアフタヌーンティーセットは彼らにとってあまりにも当たり前のもの過ぎて快感物質の分泌にもはや値しなくなっているかもしれません。一方で小菅の監獄でお正月に出されとか特別の暦だけに出される「甘シャリ」つまり甘いお菓子がどれだけ収監者を興奮させるかはほとんどすべての刑務所経験者の手記に一大トピックとして書かれているぐらいです。

どんな人生も脳内物質が放出され続けることはない

私事で恐縮ですが、人生の一大メルクマール「受験」や「就職」で幸い希望の先に受け入れてもらうことが叶いました。今でも合格掲示板に番号を見つけた瞬間や内定の電話を受けた瞬間の興奮は忘れられません。きっと最大量の脳内物質が放出されていたことは間違いありません。まさに多幸感包まれたわけです。しかししばらくたてばそんな境遇も自分にとっては当たり前。毎日”エへへ”。とはなりません。ありがたいことに名刺を渡した誰かが、ちょっと褒めてくれりたりすれば、少量の脳内物質が出る瞬間もあるような気がしますが、それさえ疑わしい感じです。結局のところ毎日の生活ではそれなりの仕事、生活、家族、恋人、友人などありとあらゆる事象の悩みを含めてLife must go on.苦楽に一喜一憂する日々が続くわけです。
つまりどんな境遇でも快感物質が出っ放しになるようなことはありませんが、一方でどんな境遇でも快感物質と無縁の人間はいないといえるかもしれません。「どんな人生も帳尻が合う」という言葉の実感を感じる部分です。

そうなると脳内物質が幸福感のカギなら、大量放出するように外から投与しちまえばいいじゃないか。と考える人が出てきますよね当然。そんな人体実験に驚くほど多くの人が自発的に参加してきた歴史には驚くばかりです。そうですドラッグです。言うまでもなくドラッグで人工的に脳内物質を永久投与しようとしても人間はそういう風にできていないようですよね。多幸感の高い山を人工的に作っても長続きしなくて、その高い山が平常値に落ちる不快感がセットで襲ってくる。それを打ち消そうと常用しているうちに人間自体が壊れてしまう。
沢尻エリカさんが麻薬で捕まったニュースを見たGACKTさんが「こういうクスリ系のニュースが出ると、何か足りないって、多分、自分の中からドーパミンを出せないんだろうね」とコメントしていたのは印象的でした。

ある意味脳内物質と一番上手に付き合っているのはアスリートかもしれません。彼らはドラッグと逆にストイックに自分を追い込みますよね。極限まで苦しいところまで追い込む。その苦痛が最高潮に達したとき膨大に脳内物質が放出される。アスリートハイというやつです。しかもアスリートの取り組みに副作用はありません。

そんな瞬間的に脳内物質の出る出ないという問題はありますし、結局「人生結局帳尻が合うようにできている」というテーゼはありますが、人間気になるのは長い人生、そうは言ってもそんな幸福な感覚を少しでも最大化したいというものです。さすがにホームレスの人生と富豪を等価というのは、乱暴すぎる気もします。少なくとも私はホームレスの人生を選びたくない。同じ快感物質の放出でも残飯の中に上等な総菜を見つけたときよりも、マンギラオの海越えでホールインワンした瞬間を味わいたい。

そう考えるとどんな人生でも「人生結局帳尻が合うようにできている」とは言える部分もあるかもしれないが、やはりより多幸感を安定的、コンスタントに感じやすい、つまり有り体に言えば「より幸せな人生」を歩みたいものだとは思います。

ABテストができない=「是非もない」人生の特性

そのときもう一つ考えてしまうことが、人生はABテストができないということなんですよね。
「スライディングドア」という映画がありました。ある女性が地下鉄の締まりかけたドアに駆け込み間に合う人生Aと間に合わなかった人生Bを同時進行で描く、グイネス・パルトロウ主演のとてもシックな映画ですので見る機会があればおすすめします。

(写真:映画スライディングドア Wikipedia)

そうそんなこと映画だからできるわけですが、実際の人生でABテストはできません。ある人生の選択をしたときに、その選択をしなかった人生は確認しようがないわけです。この人生の特性、切なくもあり、確認できないからこそ「あー失敗した」などと決定的に絶望的にはならないで済んでいるとも言えます。

ヘンリー王子やメーガン妃もまさに王室を離脱するかしないかという究極の2択からの選択ををしたわけですよね。失うモノと得るモノのを秤にかけることなど、所詮当人たちにしかできないでしょう。いや厳密に言えば選択が良かったかどうか。選ばなかったプランBがどんな結末をもたらしたかなど本人を含め誰も分からないのです。ヘンリー王子・メーガン妃で言えばそのまま王室に残ったがゆえにヘンリー王子のお母さんダイアナ妃のようにパパラッチに追われて事故死してしまったかもしれないし、逆に今回の決断ゆえに何か良からぬことが起こるかもしれません。それがゆえに人間は悩むわけですが、一度決断してしまえば選んだ人生に納得する以外人間にできることなどないのです。

織田信長は明智光秀に攻め入られるとき、敵が明智と聞き「是非もなし」とつぶやいたとされています。
この潔さ、やはり傑出した人物の死生観に対する鋭さを感じます。
所詮、誰にとっても人生は「是非もなし」。「是非」を言ったところで、検証のしようもやり直しもきかないワンウェイです。
せめて選んだ人生で、精一杯幸福感を積み上げることしかできないのかもしれません。

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