【第13回】衝撃の書「ホモデウスを読む」 – 死という厄介な概念

歴史を通して、宗教とイデオロギーは生命を重要視しなかった。両者は常に、この世での存在以上のものを神聖視しし、その結果、死に対して非常に寛容だった。それどころか、死神が大好きな宗教やイデオロギーさえあった。キリスト教とイスラム教とヒンドゥー教は、私たちの人生の意味はあの世でどんな運命を迎えるかで決まると断言していたので、これらの宗教は死を、世界の不可欠で好ましい部分と見ていた。人間が死ぬのは神がそう定めたからであり、死の瞬間は、その人が生きていた意味がどっとあふれ出てくる神聖な霊的体験だった。人が息を引き取る間際は、司祭やラビ(ユダヤ教の指導者)、シャーマン(呪術師)を呼ぶべき時であり、人生の総決算をする時であり、自分がその世界で果たした真の役割を受け容れるべき時だった。死のない世界でキリスト教やイスラム教やヒンドゥー教がどうなるか、想像してほしい。それは、天国も地獄も再生もない世界であるのだから。
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さてそれにつけても厄介なのが”死”というやつです。
人類は700万年、なんらか”死”をどうとらまえるか。”死”をどう受け入れるか悩んできたに違いありません。
何せ確認できる範囲で”死”の運命から逃れられた人類は一人もいない。人類どころが、生きとし生けるものすべてがいずれ”死ぬ”運命のようです。


<シャガール「枝」>

著しく科学が発達する前ならば、何らか”死生観”の仮説を提示してくれる宗教をもっと素直に受け入れられたのかもしれません。しかしながら、私はじめ現代人の多くは科学的に説明ができない死生仮説をなかなか受け入れにくいのも本音です。特に、八百万(やおよろず)の神、世俗的な宗教観(とっても良いことと私は思いますが)を多くの人が共有している日本人ならばなおさら、大多数の人が一神教的な”死生観”と距離があるように思います。

それならば科学が”死”を定義してくれているかというと、これもまた難しい。
養老孟司先生は「死について考えても無駄だから考えない」とおっしゃています。
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東大解剖学の教授だった方ですよ。科学的視点で死や死体に一番身近に付き合ってきた科学者にして現代日本を代表する思考者の結論がそれです。養老先生が”死”について無関心なわけはありません。昆虫の研究家としても知られる氏はむしろ生物や”死”について、人並みではない探求心をもっていたはずです。
その彼の結論が「考えない」です。

そもそも養老先生の下記インタビューなどを読むと、”死”について簡単に結論めいたものを得ようという考え方こそがそもそも間違っているのかもしれない。

インタビュアー: 虫を観察した結果、どこまで自然がわかってきましたか?
養老: ほら、すぐそうやって「どこまで」って聞くでしょ?だからこの説明は、面倒くさいし、難しいんですよ。
そもそも、自然にはそういう区切りのようなものがないんです。だけど多くの人は、そんな区切りのないものに付き合うほどの時間がないし、手間もかけたくないので、途中で区切って、その時点の理解で納得しようとする。そして、それ以上のことを見たいとも思わない。
インタビュアー: つまり、わかろうとしても、そこにゴールのようなものはなくて、終わりのない問いをくり返すようなものですか?
養老 そうです。そもそも、終わりがあると考えるのが間違いなんです。
みんな、物事のゴールを探し過ぎ。終わりがあるという思い込みがそもそも間違ってる - 「賢人論。」第76回養老孟司氏(後編)
解剖学者で2003年に大ベストセラーとなった『バカの壁』(新潮新書)の著者、養老孟司先生。1年のうち

私個人が感じた”死”に一番近い体験は、盲腸の手術の際体験した全身麻酔です。
「はいこのあと意識がなくなりますよ」という麻酔医の声がしたかと思ったら、次の意識は手術後「はい無事終了しました」というものでした。毎日の睡眠と違うのは、意識がなくなるのが鋭角、一瞬。しかも自律的なものではありませんので、考えたくないですが”即死”という状況に一番近いかもしれません。

そんな体験をしても”死”については一向に分かりませんでした。”無”と考えれば1秒の無意識も5兆年も変わらないのかもしれませんが、一方で先回紹介した手塚治虫の”火の鳥”のように”死”が”無限”という概念と結びつく仏教的な価値観もあるかもしれない。確かに”無限”が本当の”無限”であれば、あらゆることが”無限”に起こり得ますから、結果として”輪廻転生”のように今私を構成している物質や意識のエッセンスがどこかで再構成されることが絶対ないとは言えないわけです。
我々が住んでいる宇宙はとてつもなく大きくしかも膨張していると科学的に説明されています。私が知る科学的知識の限りでは恐らく有限なはずです。でも、この宇宙の外に他の宇宙が無数に存在しないと、現代の科学者をもってしても名言できないのではないでしょうか。というよりも、どんな科学をもってしてもこの宇宙外のことを予測することは不可能なのかもしれません。

結局のところ「死について考えても無駄だから考えない」という養老孟司スタイルが、私も現時点で採用せざるをえない苦肉の公式スタンスではあります。
しかしながらやはり生きることが好き、例えばこんな小論考を書いてどなたかに読んでいただくことなど楽しい瞬間が日々多いですので、”死”=”無”と考えるニヒリズムよりも、”死”=”輪廻転生”的な何か無限の”生”とワンチャン考えるようにしてるというのが本音です。

記事一覧 衝撃の書「ホモデウスを読む」

第1回 人類の歴史はほとんど「飢饉」「疾病」「戦争」との戦いであった。
第2回 「飢饉」のリアリティ
第3回 拷問のような苦しみ=飢えるということ
第4回 狩猟採集生活から飼育栽培生活へ
第5回 「疾病」:生が例外か。死が例外かそれが問題だ。
第6回 科学は、宝くじ級の長寿を実現し、そして奪う?
第7回 「戦争」のリアリティ
第8回 「恐怖」と隣り合わせの人生
第9回 核のメキシカン・スタンド・オフ
第10回 我々のなかのサル
第11回 有閑が何を生みだすか
第12回 手塚治虫「火の鳥」が描く「不死」
第13回 死という厄介な概念
第14回 ヒトが150歳まで生きる時代が来る?
第15回 「死」は無念のゲームオーバーなのか?
【台風19号 号外版】本当に地球は壊れかけているのだろうか?
第16回 幸福追求の強迫観念に苦しむ皮肉
第17回 幸福になるには骨が折れる
<新着記事>第18回 盛り上がった飲み会の二次会に行かない理由

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